大麻取締法違反(所持)の罪に問われた俳優の永山絢斗被告(34)が初公判で、初めて大麻を使用したのは中学2年の夏だったと明かされ、衝撃が走っている。芸能界デビューする前に薬物に手を出したわけだ。追跡すると、サッカー部を退部して自堕落な生活を送っていたところ、薬物に誘われた過去が浮かび上がった。

「中学2年の夏ごろ、地元の先輩に勧められて音楽イベントで大麻を吸った」

 28日、東京地裁で行われた初公判。検察側が読み上げた永山被告の供述調書に衝撃が走った。

 中2の夏は13歳で2002年だった。捜査関係者の話。

「永山被告は小学生の時、両親が離婚。当時からサッカーに夢中でした。ポジションはMF。中学入学後、サッカー部に入部します。でも、モチベーションを失ったそうですぐ退部。2年に進級し、帰宅部でヒマを持て余していた時、先輩に大麻を勧められたようです。サッカーW杯・日韓大会で世間が日本代表の快進撃にお祭り騒ぎしていたころでもあります」

 永山被告は当時、兄で俳優の永山瑛太(40)が映画デビューした「青い春」(02年6月公開)を観賞。感化された。

「瑛太さんをうらやましく思い、俳優への思いを強くします。この映画は、ヒマを持て余す男子校の不良グループが、後に進路の選択を迫られる物語。永山被告は自身を投影したと思われます」(映画関係者)

 退部後に自堕落になり、W杯のお祭り騒ぎをながめ、兄の映画デビューにせん望のまなざしを送るしかない――「永山被告はうっ屈していたと思われます」(前出捜査関係者)

 転機は18歳。07年7月期の日本テレビ系連続ドラマ「おじいさん先生」で芸能界デビューした。ただ、これはつまり、芸能界より薬物使用のほうが〝デビュー〟が早かったことを意味する。

 初公判で検察側が明かしたところによれば、永山被告は18~19歳のころ、飲酒中に友人にすすめられ再び大麻を吸い始めた。リラックスして眠れるようになった。

 20代に入り、映画の仕事が少しずつ増えて多忙を極めるようになった。

「大麻は15~17年ごろ、使用頻度が高かったとされます。ストレスが強かったと周囲にこぼしていたようです」(同)

 この時期は映画だけでなく、16年4月期のTBS系「重版出来!」、17年10月期のテレビ朝日系「ドクターX ~外科医・大門未知子~」など人気連ドラへの出演が続いた。

 起訴状によると、6月15日、東京・目黒区の自宅で乾燥大麻約1・694グラムを所持したとしている。

 ブラックスーツの永山被告は初公判の法廷に立ち、薬物は二度と使わないと誓った。その上で「許されるならば、機会があるとすれば、表現の仕事がしたい」と芸能界復帰への意思をチラリとのぞかせた。周囲に多大な迷惑をかけ、みそぎも済んでいないにもかかわらず、その考えは甘いといわざるを得ない。